ゆっくり

大学生。有益なことは書いてありません。

採用

 

今日TLで気になる話題があったので。

田村淳のツイートが慶應生に引っかかっていたようで。

 

 

これを見て僕は割と正論というか、まぁ言ってることは間違ってないよなぐらいに思ったのだけれど、ほかの人にとってはそうではないらしかった。

彼らが言うところには、

  1. 人間力というのは曖昧で客観的ではない
  2. 凡人が成り上がるには勉強が一番楽
  3. まじめにやってきた人間が浮かばれない
  4. (実際学歴フィルターかかったうえでコミュ力やコネの人間力()勝負)

といったところだったかな。

 

1

確かに人間力という言葉は曖昧で客観性に欠けるように思われる。まぁでも問題は(ツイートで主張しているのは)、学歴偏重をやめて総合的に判断しようということなんじゃないかなと。学歴も人間を評価するものさしのひとつにすぎないと思うんだけどなあ。まぁこれは人間力という言葉が悪かった気がする。

 

2

だからなんなんだという話。成り上がった凡人だけを評価するわけにはいかない。それなら勉強(学歴)以外の点でも評価するべきでしょうに。

 

3

まぁ彼らの一番の主張がこれなんだろうなと。確かに学歴のある人は勉強を頑張ってきたんだろうし、その人たちが浮かばれないのは悲しい。僕も勉強頑張ってきた自信があるしそりゃ学歴重視であってほしい。だけれども、過度な学歴偏重は勉強以外のことを頑張ってきた人を、勉強を頑張りたくても頑張れなかった人を蔑ろにしているんじゃないかと思う。正直学歴なんて9割環境で決まると思うし。

 

4

その通りだと思います。だから今も実際総合力勝負なんだろうね。

 

よく努力厨と環境厨なんて言われるけど、僕は学歴は9割環境で決まると思っている。

裕福な家庭に生まれるかそうでないか、都会に生まれるかそうでないか、高学歴の親の子として生まれるかそうでないか、勉強できる環境にあるかそうでないか……。

だから過度な学歴偏重ってのはなんだかなぁって思う。

この話を追っていくうちに見かけた、偏差値50あたりの人間がマジョリティだから、普通の人間はそこにおさまる、というのも学力というベクトルでしか人を見れていないんじゃないかなぁ、なんて。

ま、結局決めるのは企業だし、僕も学歴の恩恵を受けて就職決めていきたいんですけどね。マジで。

他人に優しく、んでも自分のために生きていきたい。

 

(追記)

この話に出てきた慶應生を悪く言うつもりはない